FC2ブログ

むかしのはなし9-家族

お疲れ様(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

過去の記事は、左の全記事表示リンクから、ご覧くださいませ(^^)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
(↑ランキング参加中につき、統合失調症ボタンクリックで投票されます)
(暖かい①クリックに感謝を込めて今日も書きまする(`8´●)!!!


------------------------------きりとり----------------------------------
体調安定連続 (15) 日目
(何日間体調がもつかチャレンジしてます。^^b 崩したら何回でも0からです( ̄▽ ̄;)

久々に昔の話をしようと思う。


8年前。


ありゃま、高校3年生。



父単身赴任。

兄進学で地元を離れ、

母との二人暮らし。




母の事は、当時嫌いではなかったが、尊敬はしていなかった。
(今は好きすぎて、やばい。おかんLOVE。愛してる~。)

ありゃまが高校時代のめりこんでいたバドミントンを応援してもらえなかったことで
しこりが残っていた。




ありゃまが統合失調症になって、少しずつ関係は変わった。



おかんもあたしへの接し方を 変えてくれたし、

あたしもその変化に気づけた。

あ、変化もだけど、

変わらない無償の愛にも気付くことができた。




入院中は病院と学校と家の行き来をしていた。



母は、父は、兄は、どれだけ不安だったろうか。



どれだけ心配だっただろうか。



思い出すだけで泣きそうになる。



思えば、自分のことで精いっぱいだったし、

こうやって思い返すときも自分(=ありゃま)サイドの視点からしか見てこなかった。


ありゃまが、母で

ありゃまが、父で

ありゃまが兄で

あるいは、ありゃまが学校の先生だったり、

ありゃまが、その同級生の親友だったらば、



その親友が統合失調症になったら、

ひどくしんどそうな姿を目の当たりにしたら。



どれだけ胸が痛んだことだろう。





つらかったのはあたしだけじゃないんだ。




みんなで乗り越えてきた。闘ってきた。


そして闘うのもやめて向き合ってきた。




付き合ってきた。






8年か・・・。




入院していた病院の窓から笑って手をふるありゃまを見るのがつらかったそうだ。




心配かけたな。





親孝行しよう、する。




大切な人孝行しよう、する。




いまからできる恩返しを考えて、
紙にまとめてみようかな。




それを実行しまくる人生ってのも素敵。

あ、自分孝行も忘れずにね(^v^)




そんなことを思った初秋の夜。




このブログを応援してくださる素敵な方は
是非↓の統合失調症のボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中1日1ポチはまじで嬉しい)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
親孝行ってなにって考える それを考えることがもう 親孝行なのかもしれない。(まっちゃん×マッキー×はまちゃんのチキンライスって曲より)
なつかしいな。いまの10代この曲知らないんじゃないかな。笑。

でも、考えるだけじゃなくて、ちゃんと伝えたい。ありがとうって、思ってる。強く、強く。
スポンサーサイト



むかしのはなし8-就労移行支援

お疲れ様(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

過去の記事は、左の全記事表示リンクから、ご覧くださいませ(^^)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村
(↑ランキング参加中につき、統合失調症ボタンクリックで投票されます)
(暖かい①クリックに感謝を込めて今日も書きまする(`8´●)!!!


------------------------------きりとり----------------------------------
体調安定連続 (71) 日目
(何日間体調がもつかチャレンジしてます。^^b 崩したら何回でも0からです( ̄▽ ̄;)


むかしのはなし1-ありゃま、統合失調症のはじまり

むかしのはなし2-7年前のセンター試験。

むかしのはなし3-高3、入院生活、学校生活。

むかしのはなし4-高3で統合失調症に。卒業後のわたし。

むかしのはなし5-就職への道のり①ボランティアとお受験

むかしのはなし6-専門学校と自動車学校

むかしのはなし7-クローズ就職して3日でやめたんだってよ(^_-)


超久々の昔の話シリーズ。


しかも最終回って言いながら書きたい事多すぎてひっぱってる(^^;)



最初の就職をクローズでして、 続かなかったありゃま。

『どこまでいっても、いつまでたっても親に恩返しできない』

『ろくに働くこともできない』



深い絶望と孤独でした。


何個も何個も見学したののちにやっと見つけた自分の居場所。

就労移行支援 

そこのスタッフさんにはいまだにお世話になっている。



通ってから5年が経とうとしているので、今とは違うところもあるだろうが、

そこでの訓練は、

ありゃまのいろんなできない不安をできる自信に変えてくれた。


人と話すこと、 電話応対、 履歴書の書き方、 面接練習など(面接はいまだに苦手だが)



特に電話応対は、 避けて仕事を探そうと思っていたぐらいだったので、

できるようになったことは大きかった。

いまや、仕事でかなりの電話をとっている。


訓練のおかげでありゃまは電話がとれて、

ありゃまが電話とることで、職場の人が他の仕事に集中できる


おお。ありゃま少しは役に立ってるやんけ。




就労移行支援の良さはなんといっても、学校と違って自分のペースで

学び、成長できる点だ。

(本来学校もそういう場所になるべきじゃないのかなぁ)



通ってる時も、悩みはあった。


苦手な人もいたし、そういう人の事をスタッフに相談してもいいのかとも悩んでいた。


悩みを相談していいのかどうかも悩むぐらいだったのね^^;ありゃま。


とりあえず相談すればいいのにね。


対処法があるかどうかは相談された方が決めるのだから。



ありゃまが通っていたところのスタッフの方はどの方も親身になって下さった。


社会人として人間として。 とてもとーーーっても尊敬している。




去年だって、ありゃまがプライベートで色々あって、

まじできつい時助けてくれた。



『ありゃまさん、死にたくなったりしてない?』



・・・そう、ばっさり切りこんでくれた。


図星だった。



もちろん絶対 行動にはうつさないって決めてたけど、

それでも 心はすごく弱くなっていたし、 それは言ってはだめだと思っていた。


『それは、それで受け入れてあげればいいんだよ。大丈夫だから』


そう言って、 じゃぁ根本のありゃまのもやもやや、しんどさをどうすればいいか。


一緒に考えて下さった。



就職当初も、やはり1年目が1番しんどくて。


人間関係を中心にすっごい悩んだ。



あまりのしんどさにすっぴんメガネで髪ぼさぼさで逃げ込んだこともあった(ほんとにごめんなさい)


後に『ありゃまがすっぴんめがねで面談にきたときは体調がやばいとき』

と、語り継がれるほどだ・・・(笑)



就労移行支援で、 仕事を続けるためのスキルやノウハウいっぱい教えてもらった。


でも、 それだけでは、乗り越えられない困難も、就職してから沢山あった。


だけど、 それが乗り越えられたのは、 沢山の励ましと わずかな意志があったからだ。



スタッフの方々を本当に尊敬している。
スキルやノウハウ以上に ただただ 無償の 『思いやり』 をいただいたと思う。


お金で買えない。

ポイントためても交換できませんぜ。



ただただ 無償の『思いやり』


もらったら、こんなにも嬉しいなんて。


お金かかりませんぜ。


ポイントためなくてもありゃまも誰かにプレゼントしたい。


ああ。



とにかくありゃまに関わるすべての こと 、ヒト、






あの時本当にありがとう。



いまもほんとうにありがとう。




いまも 精神疾患と就労 の事で悩む人は多いと思う。

その人の体調や特性によってかなり働き方は変わってくると思う。

年金のこともあるし。

ありゃまの経験で良ければ色々相談も乗るし、リクエストあれば、
ツイッター経由なら個別でメッセージのやりとりとかもできるからね。

コメントも今まで通り気軽にどうぞ。



このブログを応援してくださる素敵な方は
是非↓の統合失調症のボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中1日1ポチはまじで嬉しい)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

そして日々は続く。

「むかしのはなし7)クローズ就職して3日でやめたんだってよ(^_-)」

こんばんは(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

←過去の記事は、全記事表示リンクから、ご覧くださいませ(^^)

------------------------------きりとり----------------------------------

このシリーズもいよいよ最終回となりました(・v・)
やっと書く気になりました。待ってないかもしれないけどお待たせしましたへへい。


むかしのはなし1-ありゃま、統合失調症のはじまり

むかしのはなし2-7年前のセンター試験。

むかしのはなし3-高3、入院生活、学校生活。

むかしのはなし4-高3で統合失調症に。卒業後のわたし。

むかしのはなし5-就職への道のり①ボランティアとお受験

むかしのはなし6-専門学校と自動車学校


専門学校(職業訓練)を卒業して、

無事就職したありゃまだったが、そこから先もスムーズに・・とはいかなかった。

体調の事を伏せて就職することを、内輪では『クローズ』と言っている。

クローズとオープンの問題は、わたしの周りでもたびたび話が出る。
それぐらい当事者や周りの人には大事な事。

クローズで就職した就職先の人は、とてもあたたかい人だった。
今思い出しても、申し訳ないくらいだ。

もしかしたら・・。もしかしたらあの時 

私が打ち明けていれば、あの場所で仕事が続けられたのかもしれない。


・・だけど、歴史にもしもはない( ̄^ ̄)


内緒で就職したからには・・・という思いが強かった。

だから。。難しかった。

仕事はまず、、入社二日目から電話を取るように言われて、、

声が震えたし、人生で会社の電話とるの初めてだったから
もう怖くて怖くて、仕方なかった。

そしてもう1つ困ったのは、世間話。

統合失調症を隠すということは、

今まで、休養していた事、
障がいのある人の通う専門学校に通った事、何も話せないのであった。

だから、お昼休憩なんて気が抜けなかった。

そして、そんな状態で・・・続くわけがなかった。


私の本当の社会復帰・・というか、初めての就職はこんな感じで3日で退職することとなった。
親にも来てもらって、頭下げて、辞めた。。

うちの親ってほんとすごい。。ありがとうって思う。なかなかできないよね。


『どうして・・・どうして私は、、。』

『お兄ちゃんも同級生もみんな働いているのに』

・・・と母にすがりついて泣いた。

泣いた。


泣いた。




特に・・・・。

『私はどこまでいってもお母さんに恩返しできない』


って言ったのが、本当につらかった。

ようやく日常生活を難なくこなせるところまできて、ようやく、ようやく。
やっとの思いでたどりついた『仕事につく』というステージで、
挫折するには早すぎるじゃんかと運命が憎らしくてしょうがなかったんだよね(・3・)・・・。



そこから、私は、少し止まった。


おかんと一緒に夜のプールに行って、プカプカ浮いたり、歩いたり。

ああ。もうこれこそほんとに『無』なんだなって思った。

学校生活の楽しい思い出も、勉強したことも役に立たなかったんだって。



だけど、止まったままでは、私、終わらなかったんだな(・3・)

そこは褒めてやってよかろう。ほんとに。


どうしたらよかったのか考えた。

そして、すごく迷ったし、
怖かったけど『精神保健福祉障がい者手帳』の取得を決心した。



今思えば。今思えばだ。
取得して困った事はなーんもない。

都合の悪い時は黙っておけばいいし、バスとか乗るときは見せて割引してもらったりできるし。

何より、障がいのある人向けの就労移行支援が受けられるようになった。
そして
就職も『障がい者雇用』っていう枠で、体調への配慮を受けながら働けるという働き方が見つかった。


就労移行支援は、障がい者手帳がなくても、
診断書で受けれるとこであるので気になったら問い合わせしてみよう(・v・)b


ネット検索をとにかくいっぱいしまくって、自分の生きていける方法を探した日々で。

そんな中で『就労移行支援』を知って、
それが受けられる事業所も沢山あたった。


ハローワーク経由で行って見学したり、自分で見つけた民間の事業所の見学も行った。


人それぞれ合う合わないがあると思う。


私にとっても、『ああ。すごい暗いところだな・・。(閉じ込められてるみたい)』
って思った場所もあったし、
静かすぎて落ち着かない所も結構あった。

で、何個も何個も見て、やっぱりだめだぁ・・・・って落ち込んでて、
藁にもすがる思いで電話をかけた最後の相談窓口で、

その後ずっとお世話になることになる支援センターの事を教えてもらった。


見学に行ったとき、 まずは、個室で話を聞いてもらった。


そして、そこに 訓練生っていうか、そこに通ってる人がお茶を持ってきてくれた。

『ここでは、実務訓練として、お茶出しや電話応対をやってもらっているんですよ』

と、言われた。

そして、通ってる人たちの表情がいきいきしてて



『ここだぁああああ』

と、思った。




やっと着いた。 やっと着いた。そう思った。

話を聞いてくれて一緒に考えてくれるスタッフ、

一緒に、就職という目標に向けて頑張る仲間。



ああ。

実は今日でこの記事最終回にしようと思ったんだけど、
もすこし書きたい事あるからまた書くね。


道は急に拓ける時もある。


だから人生は面白い。





・・・・拓かない時くっっっっっっっっっそつまらないけどね( ̄^ ̄)!!!!!!(笑)


そう。でもだから、全然ダメな時は、ぷわぷわ浮いてればいいのじゃよ。




今みたいに。






このブログを応援してくださる素敵な方は
是非↓の統合失調症のボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

「むかしのはなし6)専門学校と自動車学校」

こんにちは(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

←過去の記事は、全記事表示リンクから、ご覧くださいませ(^^)

------------------------------きりとり----------------------------------
ひっさびっさの更新になりました。むかしのはなしシリーズ
前回記事 むかしのはなし5-就職への道のり①ボランティアとお受験 の続きです(・v・)

もうかれこれ6~7年前のかな。

今までのお話を見たい方は、←のカテゴリからむかしのはなし を選んで是非に読んでみてください。過去記事へのコメントも大歓迎です。

統合失調症になって、高校で勉強していたことが吹っ飛んだありゃま。

それでも新しく勉強した事は頭に入るようになっていきました。

最初は漫画を読むところからはじまったけど、少しずつ活字にも慣れて、勉強もでき始めて、

すご~く試験の問題がやさしい方だった(それでもありゃまは四苦八苦で勉強したけど)、
職業訓練の受けられる専門学校に入学。

ありゃまと同じ精神疾患や、身体に障害のある方と一緒にお勉強。

初日は、ドキドキしたけど、ありゃまのクラス、精神の方も身体の方も明るい人が多くてホッとしたのを覚えている(^-^))


専門学校生活は新鮮でした。

久々に通う場所ができたドキドキ、ワクワク。

嬉しかったのは、ありゃまの入学が決まった時、おかんのお友達が入学祝とともに

『入学おめでとう無事に卒業できますように。気が早いか・・・笑』

ってメッセージをくれたこと。


ああ。こんな私の事を祝ってくれて祈ってくれる人がいるのだと。
その思いにすごく感謝していて
そのお手紙は今も部屋に飾ってある。


入学してからは、最初はわりと順調だったんだけど、

だんだんすごい苦手な人とか出てきて、
その人の障害の特性上仕方ないところもあったんだけど、
ずけずけ質問してくる人や、デリカシーのない事言う人も中にはいて。

どうしよう~・・・って思っていたのだけど、担任の先生がすごく理解のある方で。

私が相談したら、さりげなく席替えの時に席を離してくれる。。なんていう配慮もしてくれた。


あと、外せない恋バナもしましょうや(にやり)


専門学校時代・・・ありゃまは、入学初日から目をつけていた異性がいた・・(笑)

ほんわかしたタイプの人で、優しそうだったからね~。

最初その人へのアプローチを結構頑張っていたありゃまだった。

で、でもありゃま恋多き乙女だから(え)

他のクラスにも気になっている人がいた。

それはでも、話したこともなかったし、
いつもその子の周りは人がいて。人気者なんだな~って遠い存在のように思ってた。


そしたらどっこい。


ある日休憩時間に急にその人が声をかけてきたではないか!!


人生初の ナンパに遭遇。 いや、声かけてもらっただけなんだけどね^^;

で、その場で連絡先交換して、 ほどなく、告られてとんとん拍子で付き合うことに。


統合失調症になってから初めての彼氏(・v・)♪ありゃま完全に浮き足立ってました。


告白されるのも初めてだったからね^^;



そして
1か月後にふられました(笑)


理由は単純明快。 重かったんでしょう。^^;



もう大好き大好き大好きモード全開だったからね、ありゃま(-□ー;)))
でも最初は向こうもそうだったんだぜー?((*`ェ´*)


まぁとはいえ、あの恋愛に関しては、ほんとはしゃぎすぎたと反省してる。


でもでもでもでもでも、あの人ふる3日前にデートしたときめっちゃ楽しそうだったし、
最初ほんと受け入れられなくて
人間不信になったよ(--;))号泣三昧だったよ。

2~3か月ひきずった気が。そのあとは綺麗さっぱりで、すっかり忘れたけど(^^;;)


まぁ、そんな事もありました。


お勉強面では、そこではすごい沢山資格をとらせてもらったなぁ。
エクセル、ワード、ホームページ、さわりだけだけど
アクセス、簿記、販売士、ビジネス能力検定。

自慢になるがありゃまは受けた資格全部取った( ̄^ ̄))
一つ合格点ぴったりだった奇跡の合格も含めるけど・・・笑


もともとパソコンは好きだったから、すごく飲み込み早かったかも。
簿記は最初はすごいつまずいたなー(--;)3級なんだけどね。でも100点合格だったよ!!

簿記の先生大好きだったけど、教えるのちょっと下手で(^^;)
たぶん分からない人のどこが分からないのか、
先生は分からなかったんだと思う。でもめちゃくちゃいい先生だった。

だから、自分で ありゃまでも分かる参考書探して練り歩いて、見つけた参考書で頑張ったな。


資格も落ちついて、恋愛も落ち着いて(笑)

秋からは自動車学校へも行った。

正直すごいドキドキしてできれば行きたくなかったんだけど(笑)
就職してから免許取るの大変だよって、担任の先生に言われて、同じ時期に専門の人も通ってたから便乗。

も~~~今になってようやく少し慣れてきたけど運転ド下手!!!

やっぱメンタルの弱さも出るのかな? んま、感覚的にも下手だったんだと思う。笑

教習所内で縁石乗揚げの常連。

どたんどたんどたん。(隣で笑いをこらえきれない教習官)

ってか笑うしかない教習官w



でも、あっこの自動車学校はありゃまをさっさと卒業させたかったらしく、
全っぜん運転できるレベルじゃないのに、全然補習をつけなかった。


というのもありゃま、補習いくらついても追加料金なしのコースにしてたんだな。
だから、あの教習官たちにとってありゃまに補習つけたところで儲けにならんわけだ。

だから、おかしなことに普通みんな補習なんて嫌がるんだけど、
ありゃま、地上に出るの怖すぎて、教習官に懇願して、補習つけてもらったからね(それもおかしいだろ)

そして、なんと仮免で1回落ちた

相変わらずペーパーテストはなんなくこなすありゃまだったが、運転は言葉にできないレベル。^^;



でもそれでも、どうにかこうにかとれたよ・・。

高速教習の日とか家帰って泣いたけどね・・・。




そんな苦労の日々もあったけど、やっぱり、資格や免許はとってよかったな~。
特に免許はほんと先生の言ってた通りで、今とれって言われても、仕事との両立に苦しんだろうな。

専門学校は、ありゃまのコースは1年間で卒業。就職したら中退か、日数足りてたら途中卒業みたいなのもできる所だった。

私は2月ごろに、統合失調症の事は伏せて就職。同時に途中卒業。



その後まさか3日で仕事をやめるとはね・・・・(^^;)

でもその先があったあから、今こうして元気にブログやってるわけですな。(^=^)うん。

この続きもまた書きますね!


このブログを応援してくださる方は
↓の統合失調症のボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中1日1ポチはまじで嬉しい)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

「むかしのはなし5)ボランティアとお受験」

ぐっもーにん(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

←過去の記事は、全記事表示リンクから、ご覧くださいませ(^^)

------------------------------きりとり----------------------------------


前回の記事はこちら→むかしのはなし4-高3で統合失調症に。卒業後のわたし。

さて、前回は、おともだちさくらちゃんに教えてもらったSSTを通して、
少しずつ人としゃべることへの不安を取り除いていったありゃまでした。


統合失調症になって1年目の冬。 

ネット検索で見つけた、
障害のある人のための職業訓練を受けられる専門学校みたいな学校を受験することにしました。

高校で勉強した内容は統合失調症になった時に吹っ飛んで、進学はあきらめたのでは?

とお気づきの方。今までの記事も読んでくださってて本当有難いです。

そうそう。高校で勉強したのはきれいさっぱり頭にありません。だから大学受験はあきらめました。

ただ、私が受験したこの学校は、試験のレベルが中卒くらいだったのだ。(もっと簡単かも)
とはいえ、ずっと勉強から離れてた私にとっては、少しはそれでもハードルがありました。

でも、過去問といてみて、これなら勉強すれば・・・って思えたのね。

それで、最初は勉強する癖をつけるところからはじめたのだけど、
図書館にまずは30分!から!


以前は、図書館で3時間は勉強していた私からすると、短かっって話だが、昔と比べてもしゃーないので、
とにかくできるとこからはじめてみた。


あ、ちなみにこの時まだ精神障害者手帳を取得していない

障害者手帳あれこれについては、取得したタイミングのブログでまた書くね。

手帳は持っていなかったんだけど、診断書があれば、入学できるとの事で、診断書を主治医に書いてもらった。

うつとか統合失調症の人も受け入れてる福祉サービスって、就労移行支援センターもそうだけど、
障害者手帳なくても診断書で、入れてくれるところ結構あるので、おすすめ。





まぁ、そんなこんなでお勉強して、受験。 と 面接。

ドキドキしたけど、どうにか終わったな~~~~~。

面接はね~、将来の夢とか、友達は何人いますか?とか面白い質問もあった。それはすごく覚えてる。


でも思い返すと、あの時は発症してまだ1年経つか経たないかだから、
今よりもコミュ障がひどかったと思うんだよね。
受かってよかったな。。


ああ。さらっと言ったけど、笑 無事合格しまして。

この年の春からは、新生活がはじまるだなという不安とワクワク。


その前に。3月に、総合病院の図書館のボランティアさせてもらいましたわ。

それも自分で調べて申し込んでみた。

ボランティアだったから休んでいいっていう点では、すごく気が楽だったし、
内容もそこまで難しくなかった^^ ただ、そこの働いてる人がものすごくおしゃべりな方で(^^;)

プライベートにすごいぐいぐい迫ってくる人だったので、統合失調症の事は伏せていた私にとっては、
ちょっと疲れる場面もあった・・・(^^;)

でも1か月弱させていただいて、

4月からついに、就職へ向けた学校生活スタート。

事務系の仕事に就くためのコースに入学した。

体に障害がある人や、私みたいに精神に障害がある人も想像より沢山いた。

自分の身の回りにいないだけで、やっぱり結構ありふれているのだなと思った。


新しくスタートした学校 生活も一筋縄にはいかなかったけど、

新しい友達、新しい先生、統合失調症になって初めての恋人の出会いもあって、中々面白かった。


次回詳しく書くね。☆

お楽しみに。


このブログを応援してくださる素敵な方は
是非↓の『統合失調症』ボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

「むかしのはなし4)高3で統合失調症に。卒業後のわたし。」

こんばんは(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

←過去の記事は、全記事表示リンクから、ご覧くださいませ(^^)

------------------------------きりとり----------------------------------

あらためましてこんばん。 なかなか思うようにいかないところもあります。

昨日は、BUMP OF CHIKENの流れ星の正体って新曲が公式サイトで発表されて(明日まで見れるみたい)

歌詞が、ほんと、ため息がでるほど素敵でした。

『はぁあああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(長)。
私もこんな言葉でブログを書きたいんだが(・8・;))』

って感じだった。あんな優しい言葉とメロディーと強く揺さぶられる感じ。ほんとすごいな。


さて、今日は、久々のむかしのはなしシリーズ。4回目。


前回の むかしのはなし3-高3、入院生活、学校生活。では、
その名の通り、学生時代の事をつらつら書かせていただきました。

その後のありゃまはどうなったのか・・・?


そう、卒業の日は、門出どころか、ほんとただの空っぽになった、私。

待ってるのは、進学でも、浪人でも就職でもない。 無 だった。



それまではまだ、『学校』っていう家以外の居場所があったんだな。

それが、私にとっては最後の1滴だった。でもそれも、卒業によってスポイトでスッと吸い取られちゃった。



水がなくなったら・・・・・・。



なくなったら。



また水をやればいいだけだ。(^^)


卒業してすぐってのは、
だからその前の年の11月に発症して3月に卒業したから、まだまだ陰性症状が出てたんだ。

もうこれでもかってくらい疲れやすかったし、なにかしては寝る。食べては寝る。って感じ。
この年の夏までに+10キロは太ったね。


朝すっきり起きることも珍しくて、お昼ごはんができた頃に起きるもんだから、
お母さんからは『昼がく~れば起き上がる~♪』なんて歌 歌われた。( ̄▽ ̄)
(正しくは夏がくーれば思い出す~♪)


でも、我が家は幸い、家族全員が私の統合失調症という病気について、心配してくれた。
(あとあとこれもすごいありがたいことなんだと気付く)


だけど、本当に手さぐりで。 何かあるたびに、、 
これ以上はよくならないのかも・・・・と落ち込んだ。



特に、思ったのは卒業して最初に行った、塾の体験。

その時は、症状も落ち着いたし、2浪くらいすれば大学いけるのかもと淡い期待を寄せていた。

でも、打ちのめされたね。

それは、塾の中でも一番レベルがやさしいクラスで、不登校だったり、浪人する子とかが通うクラスだったんだけど・・・

もうね、先生の話してる事が、暗号にしか聞こえなかった。

すごい基礎的な事言ってるはずなのに、 びっくりぽんよ。


信じてもらえないときあるけどね、私、勉強の記憶がまるまる吹っ飛んでる。
あんなに、勉強したのにね(^^;)笑えるよね。

統合失調症になった高校3年生のとき、1年生の時やった問題もできなくなってた。

症状が落ち着いたから大丈夫って思ったけど、大丈夫じゃなかったんだな。

クラスのメンバーにもまだまだ、人と話すのに緊張してた私にはハードルが高くて・・。

体験入塾は体験で終わり。



また 無に戻る。

外出も結構億劫になってた。



だけど、幸いだったのは、 最低限の外出先が・・あったこと。

それは、統合失調症になった当初からお母さんと通っていた・・・フィットネス。

女性のためのフィットネス カーブスっていうのが全国にあるんだけど、 当時の私すごくこの存在に助けられたの。

もちろん、一人で通うのはつらかったと思う。でも、ほんとうに無理のない運動だったっていうのと、

スタッフの人が明るかったり、それでいてプライベートにそこまで踏み込んでこないでくれたのが助かった。

フィットネスは、その会員になったり、人も沢山いるから、向き不向きがあるかもしれないけど、私にはとても合っていた。



最低限、そこへ行くっていう目的があると、ありゃまは外に出られた。日を浴びれたし、体を動かせた。


今 気分が落ち込む陰性症状の方も、ときど~~~き気が向いた時だけ、お散歩したりストレッチするのはいいかもしれない。

時間とか距離とか決めずに、自分がやりたい分だけ、楽しい分だけやればいいのだ。


運動と健康ってやっぱり結びついてるんだよね。結構これは回復に一躍かったと思う。



身体面では↑のが結構効いた。


そして重要な精神面。 といいますか、 お悩みの多い対人面ね。


それは、私にとって大切すぎる心友との出会いからはじまった。


さくらちゃん(仮名)

彼女に出会ったのは、入院中の事。

当時彼女も精神的に悩みを抱えていた。

年齢が1個違いということもあって、ほかの患者さんよりすごく身近に感じられた。

うるさい私と違って、とても落ち着きのある優しい子だった。

もし、病院ではなく、同じ学校とかで元気に過ごしていたら、
私たちの出会いはここまで成長しなかったのかもしれない。

ただ、だからこそ、おなじとき、おなじ病院で、出会えて良かったって思ってる。


私は、さくらちゃんより先に退院した。 
私の家族から、トラブル回避のために、
ほかの入院患者さんとは連絡先交換しないようにねって言われてた。
 それは、家族に言われたからでもあり、ありゃまもトラブルは避けたかったので、そうしていた。


だけど、さくらちゃんの事は気になっていた。

このまま、退院して、 バイバイなのかなって。

そしたら、さくらちゃん退院の前にお手紙くれた。


今もまだその手紙は手元に残ってて・・・。今読んでも涙が出る優しいことしか書いてない文章だった。

今までの入院生活での、ありがとうって話と・・。
『ありゃまちゃんがしんどいとき、なんにも力になれなくてごめんね。
入院生活辛かったんじゃないかって・・・。』

そして・・・・そんな暖かい手紙が入ってる封筒には。


住所を残してくれた。



それからは、たしか私が手紙を書いて、連絡先も交換できた。

新しい友達『さくらちゃん』は、私と遊ぼうって言ってくれたし、私を家から連れ出すきっかけをくれた。

なにより、お互いむりをせずにいられた。


そんなさくらちゃんは、その年の夏。『SST』というものを紹介してくれた。

それは、ソーシャルスキルストレーニングって言って、社会で生きづらさを感じる場面などをピックアップして、
ロールプレイング(なりきりごっこみたいな)を通して練習するみたいなものだった。

当時は専門のスタッフ2名と大学生のボランティアの方々と一緒に私は、参加者として参加させてもらった。

参加するのは、すごく勇気が要った。 未知の世界だったし、どういうものか不安だった。

でも、さくらちゃんも一緒に行くってこと、さくらちゃんがすごく詳しく教えてくれた事、
そして、実際事前面談みたいなのを専門のスタッフの方とさせてもらったら、
すごく暖かい方だった事。それらが重なって、参加を決めた。


結果。 このSSTは、社会復帰へのほんと~~~~~に大きな一歩になった。


人と会話をするのもおっくうになっていた私は、

『あ、なんだ、人としゃべれるじゃん』って思えた。



どんなことをするかなんだけど、たとえば、 
『しつこく飲みに誘ってくる友達の誘いを角を立てずに断りたい』

みたいな。笑 小さな悩みを参加者が出して、みんなでアイデア出して、
それを、実際の場面を仮定して役割分担して練習してみるんだ~。

うまく言えないときは、一旦止まってまた考え直したりもするし、とにかく無理なくできて良かった。



それから、人と話す事へのハードルがぐっと下がって、高校時代の友達にも連絡したり、カミングアウトできるようになったの。



そんな感じ。


だから、退院した時、卒業した時、無になったと思ったけど、また色々と宝物を見つけられたんだよ。


この1年間も苦しいとき沢山あったけど、すごく充実してた。今思えば。

この後長いよな短いよな就職への道のり編もまた、元気なときにパチコチ書かせてくださいな。

ご清聴感謝します。




このブログを応援してくださる素敵な方は是非↓のボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村




「むかしのはなし3)-高3、入院生活、学校生活」

おはようさん(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

←過去の記事は、全記事一覧から、ご覧くださいませ(^^)

------------------------------きりとり----------------------------------

おっす。(・c・)今日はお休みなので、むかしのはなしシリーズ更新しまっす。あとで今の話もするかもです。



前回は、ありゃまが、大学入試センター試験を断念した時の事、入院を決意したときの事を書きました。


略歴にも少し書いたけど、精神科への入院は、ドキドキするものでした。

精神科に関わらず、人生初の入院だったもんで。


私が入院したのは、閉鎖病棟。(自由に外へ出入りできないようになってる病院)

んま、そう言うと ちょっと怖い感じするかもですが、そんなことはなく。
症状が安定してる人は、看護士さんに言えばいつでも外出できた。



私は、妄想がまだ残ってる頃に入院したから、当時は家族同伴じゃないと外出できなかった。

だから病院で知り合った人たちと外に出かけるっていうのは、入院中はできなかったんだな。うん。

だけど、それは、自分でも、家族以外とでかけるの緊張するし、不安を感じていたからそこまで窮屈ではなかった。



入院1日目は、 泣きましたな(^^;)

ちょうど夕食の食事の時間からの合流みたいな感じで。

初めてほかの入院患者さんたちと顔を合わせる場面。

下を向いてる人、すごぉく細い人、逆の人、 ま


ず目に入ったその視覚情報だけに圧倒されてしまって、
私はとてもおバカな勘違いをした。

『なんでこんなところに・・・・』   泣いた。


でもそれは違うんだとすぐ分かった。


下を向いてる人が、黙ってティッシュを持ってきてくれた。
すごぉく細い人が背中をさすってくれた。

私の事、何も知らないのに。
まだ言葉も交わしたことがないのに。



・・・・こんな優しさって・・・・。 私は、感じたことがなかった。

嬉しい通り越してた。なんか、、心が震えた。心が動いた。いい意味で。


今思い出しても、目頭熱くなる。


私が『こんなところ』って思った場所は、実は暖かい場所だった。


もちろん、精神科の入院病棟だから、すごく情緒不安定な人もいる。

でもどうにかしたくて藁にもすがる思いで入院した人だっている。

何かを抱えながら、人にやさしくすることだけは、忘れなかった、

彼女たちの強さは今でもありゃまを支えている。



そうして私の入院生活は始まった。


入院生活といっても、結局病院にいるのも落ち着かない時があって、
1か月入院したんだけど、そのうちの半分は外泊申請出して家で過ごしたりもした。

家と病院と学校の行き来。



今思えば、かなり大変だったけど、ほかの人は体験できない貴重なたのしい経験もいっぱいできた。

病院では、沖縄出身の看護士さんに『豚鶴』っていう太った鶴みたいなのの折り紙での折り方を教えてもらった(笑)

作業所に行って、革小物を作ったりもした。

夜は眠れなくてしんどくて、朝は、ああ、それでも少しは寝たんだって思ったり、朝が来たことにホッとしたりした。

眠れないわりに早起きだった。


私ほど早起きする人がなかなかいなくて、朝の病院のテレビとかがある共有スペースは、誰もいなくて、
一人で静かに過ごせて癒しの時間だった。


NHKのテレビ体操をやってる時間帯だったので、運動不足になるまいと、結構毎日やってた。
中高6年間運動部だったから、こういうところは、変な意地みたいなのがあった。

それでも、統合失調症になって、活動量はがくんと落ちて、
食べる量は変わらないから体重は右肩あがりだったなぁ(;;)

テレビ体操は、入院仲間のさくらちゃんも時々起きてきて一緒にやった。

バレエを習っていたさくらちゃんのテレビ体操は

私のおおざっぱ体操よりもとてもしなやかで、きれいだった。

そうそう。食事の時は、ほんとはいけないんだけど、食べられないもの、
苦手なものをほかの患者さんとこっそり交換したりもした(^^) ささやかだけど、ちょっと楽しかった。


学校生活も一変した。

今までの記事でさんざん私は自分の通ってた学校をディスってきたけど^^;

でも、私、実は学校大好きだったんです。

そりゃ嫌いな先生、嫌いな方針もあったけど好きな先生も友達もいたから。


だから、『出席日数の心配はいらないから、ゆっくり家で休みなね』って言われても、学校に行った。

授業には出させてもらえず(出たところで集中力続かないし、なんも頭に入らないんだけどね^^;)

保健室登校だった。



保健室で勉強するのは禁止で(みんな保健室に来たがってしまうから。笑)
でも、私は、逆に教室禁止で特例でスルーしてもらった。

でも勉強してもしてもぜんぜん頭に入らなかった。


1番症状がひどいときは、文字がこぼれ落ちていくような感覚だった。
文章を読んでもすらすら読んだり、文章として頭に入ってこなくて、蛍光ペンひいて何度も読み返してたけど、難しかった。


結局、体力も気力もかなり落ちていて、少し動いてはベッドで休ませてもらう感じだった。

それでも楽しかった。


見守ってくれる人たちがいたから。


二人の保健室の先生。 私は大好きだ。


授業では、一部のおかしな先生が勉強の事ばっかりガミガミ言って、
進学さえできれば偉いみたいな感じだったけど、

保健室では時より保健室の先生が、学校の会報見ながら、
『こんな進学どうののつまらない事言うより、もっと人生に必要な事を書かないかね』とブツブツつぶやいていた。

それは、私には嬉しかった。
進学校独特の変な空気に違和感感じてる大人もいるんだって思えた。

この先生は、魔法使いみたいな先生だった。

悲しいときでも、少しでも笑顔になれる。魔法をかけてくれる先生だった。

私がお菓子を先生にあげたら、『賄賂?』って言われた。笑

私が先生にこんな小さな賄賂で何を求めるのだ・・。笑




私ね、高校1年生の時も入学直後ちょっとだけ精神的に落ち込んだ時があった。
そのときにこの魔法使いの保健室の先生は全力で助けてくれた。担任に伝えてくれた。担任も動いてくれた。


思えば、1年生の時も2,3年生の時も担任の先生には恵まれてたし、部活の先生も素敵な先生だった。

保健室にはもう1人魔法使いがいた。さっきの魔法使いとは一味違う。

静かで優しいんだけれどもいつの間にか空気を変えている・・みたいな。

なんていうのかな・・・ 劇的に一瞬で何かを変えるようなわけじゃないんだ。

ただ、その魔法使い先生と話していたら、ふっと心が軽くなる。そんな感じ。


魔法使い二人は、私の話を沢山聞いてくれた。私の涙を何回も拭いてくれた。

私だってしんどかったけど、そんな私を間近で見るのもきっとしんどかったろうな・・・。


魔法使い二人は、私が普通に高校生活を送っていたら 体験できなかった経験をさせてくれた。

授業中に、近所の大きな公園に散歩に行った。

授業中に、誰もいない食堂でゆっくりご飯を食べた。
特に先生たちとご飯を食べれるのは私は嬉しかった。

生徒がいない時間帯は、保健室の先生のみならず、いろんな科目の先生がご飯を食べてたのである。

わきあいあいと。それは、素敵な時間だった。

大人に交じらせてもらってなんだか嬉しかった。


あと、私は授業に出てはいけなかったけど、1つだけ出ていい授業があった。







『体育』







高校3年生になってから、体育は、選択で選べて、前期はソフトボール。後期はバドミントンにした。

秋はだから後期のバドミントンばかりだね。

体育の時間は、クラスが違ってもみんな混ざっての授業だった。

部活の友達と同じ選択科目にしていたので、体育の時は、クラス違う部活の友達と会えた。
体を動かして愉快に遊びましたな。楽しかったな。


体育が終わって自分だけ保健室に帰るのは寂しさもあったけど。

体育終わったらぐったりして、保健室のベッドで横になることが多かったな。(汗かいてんのにほんと迷惑なやつだ。w)




たまにお昼ご飯一緒にお弁当食べてくれた若葉(仮名)もいてくれた。


ずっといつも保健室で一人でいる私に、
当時の素敵な先生方は、普段は言わないような名言を残してくれたりもした。

『なにがあっても、先生は、ありゃまの先生だからな』とか

普段全然しゃべらない先生が『一人ってつらいよね』とだけ残して去っていた先生もいた。

それが、悲しげに言うんじゃなくて寄り添うように言ってくれたのは嬉しかった。


そんな感じで学校での生活も苦しながら楽しかった。



1月に入って退院して、学校生活もぼーっとしてたら、卒業の時期になった。



卒業は、私にとっては、なんの門出でもなくただの恐怖だった。



『居場所がなくなる』



怖かったな。 みんな大学なり浪人なり就職なり道がひらけていた。



私には何もなかった。


今まであった学校って場所から解き放たれるのは怖かった。



だから卒業式の日にとった写真の中のありゃまはちょっとさみしそうに不安げに笑ってる。






卒業後の私・・・・。

それは今度またお話しするとする。



どこに行っても助けてくれる人がいた。キーマンがまた、沢山出てきます。お楽しみに。

今の毎日がエブリデイ状態♪(ぇ) の私へどう変貌していったか、書くからね。



とはいえ、むかしのはなしシリーズは書くのに結構根性がいるので、また土日とかになっちゃうかもだけど(>人<))
不定期で更新しまする。ばいび~




このブログを応援してくださる素敵な方は是非↓のボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

気まぐれでも、手が当たっただけでも(笑)ぽちっとしてくれたらすごい励みになりまする。
どうぞ閉じようとしたブラウザの手を滑らせてください☆←

少しでも応援していただけるようなブログが書けるように、これからも精進してまいります。

「むかしのはなし2)7年前のセンター試験」

こんばんは(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

←過去の記事は、全記事一覧から、ご覧くださいませ(^^)

------------------------------きりとり----------------------------------

今年も雪の中行われることになったセンター試験。



なんか、雪男とかに取りつかれてるんじゃないかね(^^;)



ひとまず、受験生のみんなが、元気で無事に試験を終えることを祈る。

そして、さまざまな理由でセンター試験の試験会場に着けなかったみんなには、また別の意味でエールを送りたい。




試験の結果、合格不合格。もちろん 歓喜と落胆の分かれ目だ。

だけど、その試験にもたどりつけなかった・・・・。


それは、言葉では言い表せない カナシミ。だった。当時はね。




私がそうだった。



7年前のこの日。(もう7年もたつのだなと思うし、7年しか経ってないのかとも思う)


高校3年生の11月ごろ統合失調症を発症した。
治療を開始して、1月には 自分が『統合失調症なんだ』っていう病識、自覚もしっかりあった。



だから、勇気を出してセンター試験を諦めて、勇気を出して精神科への入院もした。


そのころの自分には、試験を受けるための学力は、


病気の症状で、覚えてた事が吹っ飛んでて、全くなくなってた。
それに、試験に耐えうる集中力も、落ち着きも体力も欠いてた。



みんな今頃・・・・と思いながら。

7年前のセンター試験当日。



私は。



母と動物園に行った。


そこに至るまで、お母さんも大変だったろうなぁ。

なんせ私は、県外の大学を受験する予定で、


ホテルとったりもしていたから、模試の予定とかそれら全部キャンセルしてくれたのはお母さんだもの。


なんで動物園行ったか。

それは、なんか、半分はやけくそで、半分は、気晴らしに行きたかったような気がする。


めちゃくちゃ寒かったはずなんだけど、

お昼にナポリタンを変な形のフォークで食べたのだけ覚えてる(笑)



その日の動物園はガラガラだったけど、人ごみが苦手な私にはとてもちょうどよかった。


あのちょっと暖かくてちょっとさみしい1日から、7年。


私よ、私は元気にやってるぞ。と言いたい。



いやぁ、本当今思い返すと涙ぐましい(;△;)



あのころは、空が青いのも風が冷たいのも朝が来るのも夜が来るのも、どことなく痛かった。

チクチクしてた。本当に先が見えなくて。(××)

で、間違ってなかったんだな。


そういう痛みを伴う日々でも、1日1日 生きてきた。



ベランダの外に身を乗り出したくなるような日も。


 心のどこかで、何かがそれを止めて踏みとどまった。



うん、間違ってなかったんだ。



今日は、寒いから巣篭りホリデー。


夢である本出版に向けた執筆もスタートがきれたし、 

常識欠如コンプレックスを克服すべく(^^;)勉強もスタートした。





夢に近づいてるのか、これでいいのか。(いいと信じてやるしかなかろうが)



んまぁな(`´)好き勝手口出ししてくる他人の言葉。耳を傾けた方がいいこともあるけど、全部聞いてたらキリないし!



私として生きられるこの1回の人生なんだから、どうせなら信じれる事や好きな事、楽しいことしよう。




毎日寒いよね。 

あったかくしてよね。

好きな音楽聞いてみてね。

そんな気にもならなかったら、アロマの香りのスプレーとかで空気を変えてね。

ちょっと外の空気を吸うのもいいかも。

ちょっとお風呂に入ってくるのもいいかも。


あなたがあなたらしく、今日も1日、無事に過ごせるって事がまずは大事だよ。


何ができたじゃない。なにもできなくたっていいんだ。1日1日つなぎとめてごらん。



点が線になったとき、可能性は広がっていくから。



私はそうやってやってきたから。





今日もおつかれ~い。



このブログを応援してくださる素敵な方は是非↓のボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

「むかしのはなし1)はじめまして統合失調症」

こんばんは(^8^)ありゃまです。

統合失調症についての詳しい記事は、第1回目(2016/12/26)の記事統合失調症てなんすかを見てみてください^^♪

ありゃまの略歴については、コチラを見てみてください^^♪

←過去の記事は、全記事一覧から、ご覧くださいませ(^^)

------------------------------きりとり----------------------------------
むかしのはなしシリーズ化します。

今回は初回。



ということで、発症のときのことや、その前後を掘り下げたいと思います!!



今、このブログを読む方あなたは、当事者の方でしょうか。ご家族?友達?

それとも、素敵な通りすがりの方でしょうか。


当事者の方がもし、いられたら、もしかしたら共感してもらえるかもしれません。


私は、 統合失調症の発症時の話は、あまりしたくないのです。


だけど、書きます。しっかり書きます。。。







不安にさせないためです。

今まで、統合失調症という病気は、『妄想・幻聴・幻覚』などの特異な症状が現れる事もあり、
誤った情報や、偏見が蔓延していました。


なんなら今もまだまだあるのだと思う。







それは、知らない人が多いからだ。




だって、言葉が悪いけど、ある日自分がおかしくなってしまった日の事。

語りたい人は少ないと思う。理解してもらえるか不安だから・・・・。



だけど。そうやって口を閉ざしていくことで、

根も葉もない噂、根拠のない情報が飛び交って


『統合失調症になったら未来はない』

みたいなの情報が、届いてしまうことがある。

私は、それを否定する。




統合失調症になったのは、たまたま。
それは、次の未来へ進むためのおおきなタイミング(きっかけ)だと思ってる。


終わりは終わりじゃない。


だから、私は自分の話を積極的にしていきたい。



でも、もしご家族や友達に統合失調症の方がいたら、

どうかどうか、根掘り葉掘り聞かないであげてください。


それで、わがままなんですけど、

聞いてほしいって言われた時は、耳を傾けてください。


それは、とても勇気のいることだから。



私、統合失調症になったのは18歳、高校3年生の秋。



もともとスポーツ系のクラブに入っていて、とっても活発な女子でした(・▽・)まぁ今も活発だがな。

そして、結構まじめ・・・(自分で言うのもあれだけど)いや、かなりまじめだったのかな。でした。

だから、尊敬する大人の言う事は言われたとおりにやってたし、

時には、尊敬してなくても大人の言うことをよく聞く子だったのだと思う。


今振り返ってみて、統合失調症になった原因は、小さなストレス(出来事)の絡み合いと思う。

・真面目すぎたこと
・進学校に通っていておかしな大人もたくさんいたこと
(それでも治療に向かえたのは、素晴らしい大人もたくさんいたから)
・他校に通っていた友達とのすれ違いがあったこと
・その出来事を払しょくするために寝ずに受験勉強したこと
・家族(特に母)との関係に当時は悩んでいたこと(今は超仲良し!!!)
・父は単身赴任、兄弟は、県外へ進学していて、二人暮らしだったこと

↑ざっと挙げてこんな感じ。


私の通っていた学校は、まさに『文武両道』を目指す超進学校。

生徒よりも、先生のほうに進学校のプライドがギラギラ光ってた学校だったな(^^;)

いや、先生悪く言ってるけど、いい先生も山のようにいた素敵な学校です。

ただ、私がおバカだった。知らなかったんだな。


『全部言うとおりにしなくてもいい』ということ


正直、宿題も無茶な量が出ていたし、部活もしてたからほんとしんどかった(--;)

宿題は答え見たり、手は抜いてはいたんだけど・・・



受験期になって部活が終わって、

勉強に切り替わったとき、私は自分を追い込んで奮起させるタイプだったから、

『できることはなんでもやって●●大学受かるぞ!!!』って感じだった。


そんな時、中学時代をともにすごしたほかの高校に通う友達とケンカした。
そして、、、疎遠になった。
大大大好きで、信頼していた友人たちとそういう事があり、思いのほかショックは大きかった。

その時はでも、まだ、セーフだったのかな。
ほかの友達や恩師に励ましてもらっていたもの。

だけど、受験勉強まっただ中。こうしちゃいれないって思ってた。

そして時より授業中に先生が
『受験のレースで、寝たら死ぬぞ』
『もっとレベル上げないとセンターは間に合わないぞ』

っていう言葉を真に受けて、激しく勉強してしまったんだな。

もちろん、先生たちはよかれと思って言ってる。

たぶん先生たちにもいろんな後悔や反省があって、同じ思いをさせたくなかったんだろうね。

でも私は『言うとおりにする』ことしか知らなかったからしんどかった。


そう。大人や、子ども同士でも、良かれと思って言うアドバイスでもね、

『自分に合わないと感じたら、やめてもいい。やらなくてもいい』
ってことを知っていたら、もっと違った。

今頑張っている人や、治療中、回復中の人にもこれは伝えたいな。
(お薬は飲み続けるのがマストだと私は思うけど)

逃げるは恥だが役に立つじゃないけど、

そういう精神が根付いてたら、

もしかしたら、統合失調症になっていなかったのかも。


それで、徐々に妄想
(好きな人が自分を好きなんだって思ったり、教室が監視されてると思うなど)がはじまった。

眠らずに勉強してたら逆に寝たくても寝れなくなった。
ずっと緊張しているみたいな状態で、あくびも出なかったし、情緒不安定だった。


そいで、何日間かおかしい状態のまま通ってたんだけど、先生も異変を感じてたと思う。
幸い私が保健室の先生と仲がよかったのもあって、

保健室の先生やスクールカウンセラーから親に連絡があって、病院(精神科)へ。


妄想の症状は、当時は、自分では、現実と思ってるから、

自分が統合失調症という病気だとは思いもしなかったんだな。

当時母も仕事の事で悩んでたから、母のために病院に通うんだって思ってた。


最初、お薬を飲んだのも
、『精神的にしんどいのは母のほうで、
若い私のほうからお薬を飲む姿を母に見せて、
副作用の無さや、回復するよって母のために分からせてあげるため』

と勝手に思ってた。これももちろん妄想の症状。

これはラッキーだったけどね^^; 

統合失調症の治療は、お薬を飲み始めるのが早ければ早いほど、回復が早いと言われているから。


妄想でも、『薬なんか飲まない!!』っていう思い込みや強い気持ちがなかったから、
スムーズに治療が進んだと思います。

発症当初からずっとエビリファイというお薬を飲んでいます。


それで。。お薬の効き目もあって徐々に気持ちが安定してきたとき、初めて冷静になって、
自分の状態がおかしかったことに気付く。

この時点で妄想の症状は、私はなくなりました。発症後1か月後くらいでした。

(人によって症状が残る人もいますが、リハビリで付き合い方などを見つけていくようです。)

1か月を過ぎてからは、陰性症状(気持ちの落ち込みや、引きこもりがち)が強くなって、

・バスに乗るのが怖い
・レジを通るのが怖い 時期もありました。

これは、怖くても少しずつ取り組む事で改善されました。

ここらへんから本格的にリハビリ生活っていうか回復への道のりがスタートかな^^☆


ちょっと半端だけど、ここまでが、私が統合失調症という病気になったはじまりの話。

なかなか、ほんと大変だった時期の話。


苦しかったな。でも、よくがんばったな・・・・。



ここをスタートにして、今後 むかしのはなし シリーズでは、 ありゃまの回復へ向けての道のりを掘り下げていきますね!^^

ご家族の方から本人への接し方 なども 経験をもとにのはなしにはなりますが、話せるといいです。



今日はここまで。長くなったね。読んでくれてありがとう。


このブログを応援してくださる素敵な方は是非↓のボタンをぽちっとお願いします^^(ランキング参加中)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村




06 | 2020/07 | 08
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
プロフィール

osanpotogo

Author:osanpotogo
@aryamasan twitterもやってます!@aryama WEARでファッションもやってます。
統合失調症 当事者として、日々のあれこれ(^-^)発信します。

今の記事、過去の記事問わず、気軽にコメントいただけると喜びます^^

ランキング参加中です。
応援して下さる優しい方。
↓をぽちっとして頂けると喜びます

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村

このブログを応援したい
応援したいとの事!ありがとうございます!!!(;;)      とても励みになります。 当ブログは、ランキングに登録をしており、 下の「統合失調症」ボタンをクリックでランキングへの1票になります。 ↓の(統合失調症)をクリックして頂けると喜びます。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
にほんブログ村                  twitter:@aryamasan /WEAR:@aryama           日々のあれこれ(^-^)今後も発信します。
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR